work with Pride 2021 特別対談 星 賢人(株式会社JobRainbow 代表取締役)× 松中 権(NPO法人グッド・エイジング・エールズ 代表)
work with Pride 2021 特別対談 星 賢人(株式会社JobRainbow 代表取締役)× 松中 権(NPO法人グッド・エイジング・エールズ 代表)
■今後の事業展開について
松中:いま、星さんが、これをやりたいとか、何か企んでいることはありますか。
星:そうですね。最初に少しお話ししましたが、いまLGBTからダイバーシティへと幅を広げていっているのですが、例えば、LGBT当事者のユーザーがJobRainbowの紹介で就職や転職をしたとなると、間接的にアウティングになってしまうのではないかという気持ちもあって、当事者ユーザーにとっても、ダイバーシティへと範疇を広げたほうが使いやすいサービスになっていくと思うんです。それから、毎年100人くらい新卒採用をしている会社があって、その10%ぐらいを弊社を通して採用していただいていて、最近、そのうちの結構な数の人がLGBT当事者ではなくアライの人で、今の若い人たちの企業選びの軸がすごく変わってきていると感じています。企業側としても、そこに対応していかないと魅力的な会社であることが伝わらなくなってしまうので、特定のマイノリティというよりは、もう少しグラデーションを広げていきたいというのがあります。そのときに、ユーザー分析の結果から分かったのは、新卒とかだとまだそこまで差は出ないんですが、転職活動をしている人って、年収とかが100万円台だとか、200万円以下の人が一番多いんです。みなさん、かなり生活に困窮されている。例えば、一度入った会社で鬱病を患って辞めてしまっていたり、自分に自信が持てなくて派遣とかアルバイトを転々としてきたという人が本当に多いんです。そういう人たちが、「はい、ダイバーシティですよ」と企業を紹介されて応募しても、企業側が見ているのは、その人が活躍できるかどうかという職務能力なんです。そうなると、応募してもなかなか受からない。そもそも社会に出るまでの間に格差がある。例えば、不登校になって勉強をする機会がなくて大学に入れないであるとか、人間不信になって最初の会社の初日にパニック障害を起こしてしまったとか。そういう人たちが、じゃあLGBTフレンドリーですよ、D&Iですよといっても、本当の意味でフェアじゃないなと思うんです。
だから、いま、TENGAにご支援いただいて、「PRIDE SCHOOL」というキャリアスクールを昨年からオンラインで実施しています。1カ月間のオンライン集中講義なんですが、これを受講したほとんどの人の就職活動が、ものすごくうまくいったんです。それで思ったのは、その人たちは決して職務能力が低いのではなく、自尊心や自己肯定感がものすごく低いだけなんだと。講義初日とかはみんなめちゃくちゃ表情が暗いんですが、1カ月経つと、みなさん本当に自信に満ちていて、自らアイディアを考え、TENGAの役員を前に、新規事業の企画をプレゼンテーションしたりして、それが成功体験になって、志望する会社にみなさん受かることができました。トランスジェンダーの受講生ですごい人がいて、ある会社の面接官に「あなたみたいな人は我が社では無理ですね」みたいな相当ひどいことを言われたところ、それに対して怒るのではなく、冷静に「自分以外にもLGBTQ当事者はいるから、そのことだけは伝えたい」と言って、会社としてD&Iに取り組むことのメリットについて説明したそうです。すると一次面接を通って、二次面接に進めて、でもそういう会社はこちらから願い下げだとして、結果、第一志望の会社に入れました。その話を聞いたときに、人ってここまで変われるんだと思ったんです。だから今やりたいのは、ただ場を用意してマッチング、みたいなものではなくて、もう少し我々が人として介入して、その人の本来の力をきちんと引き出してあげられるようなアプローチを仕組み化できないかということです。それなので、今は1日に5人くらいの方とお会いして、キャリア面談をしたり、コーチングをしたり、試行錯誤をしながら、なんとか実現できないかと動いています。
松中:素晴らしいですね。ぜひとも実現してください。ところで、例えば、星さんの会社で、企業にD&Iのポジションをつくってもらうとか、そのポジションの募集をしてもらうとか、何らかの働きかけをして、そういうポジションを生み出していくような動きはできないでしょうか? 別に当事者でなければいけないということはないけれど、当事者性があったほうが役に立つことも多いし、そういう人が活躍する場があって、それが可視化されていくことが大事だと思うんです。そこのところの掘り起こしであるとか、それ専門のキャリア面談であるとか、そういうのができたらいいですよね。
それから今、感じているのは、プライドハウス東京レガシーもそうなんですが、いろいろなプロジェクトがあって、そこでやっていることというのは、基本的に会社で仕事としてやることと変わらないわけです。もちろんLGBTQの方々が安心安全に過ごせる場所になるように、ケアすべきこともたくさんあるけれど、でも、ここを最初の就職口にしたいとはなかなかならなくて。でも、最初でなくても、キャリアの途中からこういうソーシャルセクターに入ってくるとか、逆にソーシャルセクターの人がパブリックセクターに入っていくとか、そういう人材の流動というか、ソーシャルセクターの人たちを巻き込んでいくようなことが、JobRainbowだったら可能なんじゃないかなと思ったりします。
星:まず、ポジションの提案、すごくやりたいなと思いました。確かに、企業と仲良くなって信頼関係ができると、弊社からポジションの提案もできるようになると思います。御社だと、こういう人材が足りていないから、将来的に、こういう人を入れるといいですよ、みたいな。その流れの中に、D&Iを担当するポジションもつくってみてはどうですかと提案していく。そして、育てた人材をそこに入れていけば、会社もすごく変わるし、活躍できる人も増えていく。ものすごくいいなと思います。
松中:ポジションが1つ増えるわけだから、そこに対しての人材の枠も増えるわけです。
星:めちゃくちゃ、ウィンウィンですよね。それから、ソーシャルセクターについてですが、すごく課題だと感じています。弊社は、会社組織でやっているとはいえ、見え方としてはソーシャルなことをやっている会社なので、がっつりキャリアを考え、専門性を身に付けたいという人の選択肢には選ばれにくいという側面があります。でも、こういう取り組みだからこそ、キャリア的にも上昇志向があるというか、専門性を身につけていきたいという人とかが参入してこないと、課題が複雑なだけに難しいと感じています。全体的に、人材不足は感じます。
松中:ソーシャルなフィールドに、もっともっと人が入ってくるといいなと思うのですが、でもそのためには、このフィールドできちんと稼げる仕組みがないといけない。でも現状、事業モデルとして成立させるのはなかなか難しいんですよね。例えば、プライドハウス東京だと、基本、助成金や寄付、企業の協賛が収入源で、まだ何かの事業を展開していくということはできていない。今後はそれをやっていかないといけないと思っています。例えば、ERG(Employee Resource Group)の場として活用してもらうとか、NPOとのマッチングに活用してもらうとか。
■あらためて今、LGBTQの課題に取り組む意義
――最後に、あらためてLGBTQの課題に取り組むことの重要性について、お話ししてもらえますか。
松中:現在「LGBT」という言葉の社会的認知は約9割だと言われていて、でも、LGBTQ当事者が自分の身近でカミングアウトできているかというと、7割の方はできないと言っていて、中でも一番カミングアウトできないのが職場と両親だというデータがあります。つまり、言葉は広がってきてはいるけれども、取り巻く環境自体はあまり変わっていないわけです。先ほどの社内風土の話と同じで、そこが変わらない限りは、当事者が働きやすい環境はつくれません。カミングアウトはマストではないですけど、まだまだ取り組みが足りていない。制度としてだけではなくて、人の気持ちを変えていくような、考え方を変えていくような取り組みが必要です。
そういうことでいうと、実際に何に困っているかとか、こういうことがあったら暮らしやすいし働きやすいとか、そういった視点がまだまだ浸透していないように思います。そこにフォーカスを当てていくことはすごく意味のあることです。そして、LGBTQからダイバーシティへと視野を広げたときに、今度はもっと深い部分での差異が際立ってきます。例えば、障がいのある方とLGBTQの方とでは、人との違いを認め合うことは大事だよね、という基本的なスタンスは同じですけど、そこからそれぞれの課題を突き詰めていくと、より具体的な差異がそれぞれに横たわっているわけです。そう考えると、wwPやPRIDE指標では今後も引き続きLGBTQのことにフォーカスを当てていきますが、より広い範囲をカバーするD&I AWARDとは併存していければいいし、両方あることが大事だと思っています。
星:LGBTであったり、障がい者であったり、いくつかカテゴリー化されたマイノリティのテーマがあると思うんですけど、日本の企業にとって、LGBTという視点からD&Iをとらえることは、今とても必要なタイミングだと思っています。なぜかと言うと、私たちの社会は、ダイバーシティを割と表層化されたものとして捉え、解決しようと動いてきたと思うんです。例えば、障がいで言うと、車椅子の方をイメージすることでエレベーターやスロープの設置が進んできたとか、肌の色での人種差別をなくしていきましょうとか、男女差別はなくしていきましょうとか、そういう目に見える差別を解消していきましょうという動きはこれまであって、少しずつ解決しつつある社会になってきたときに、その一方で、見えない/見えづらい側のマイノリティ性や差異によって生きづらさを抱えてしまう人がすごく増えています。
例えば、障がいで言えば、内部疾患や精神疾患などを抱えている人たちです。あるいは、もう少し広げて、目の前の会社の同僚が親の介護をしているかどうかであるとか、ある友人が母子家庭で育ったのか父子家庭で育ったのかご両親がいるのかいないのか、そういう見えない違いや状況は誰しもがもっていて、そういう見えない違いに踏み込んだときに、「LGBT」は、見えたり見えなかったりする。マイノリティではあるけれど、LGBTという言葉の認知は進んだけれど、当事者のほとんどはカミングアウトできない状況なので、身近にはいない存在となってしまっている。そういった「非対称性」がすごくあると思っています。そうしたときに、LGBTというテーマを解決していくには、ひとりひとりの見えない違いや見えづらかった課題に視点をもっていくことが入り口だと思うんです。だから、私が講演などでダイバーシティの話をするときは、必ずLGBTというテーマから始めるようにしています。それはやはり、社会の関心や視線がどんどん、見えるところから見えないところへとシフトしているという背景を捉えた上で、LGBTのことを知ってもらったほうがいいと考えているからです。「LGBT」って、最近、流行っているワードだよね、みたいなところで止まってほしくないんです。だからいま、「LGBT」への取り組みによって、日本企業は試されていると思うし、絶対に必要なことだと確信しています。それなので、D&I AWARDにおいて、他の項目の取り組みは評価されていても、LGBTのところの評価が低い場合は絶対にそこに着目して、きちんと向き合ってもらえるようにしていくことが、最終的に「言語化されていないマイノリティ」の方たちにとっても、生きやすい社会になるのではないかと思っています。そういう意味でも、私もゲイの当事者の一人ですが、LGBTについては、今こそ日本が本気で取り組むべき課題だと考えています。
松中:「アライ」というLGBTQ+コミュニティから生まれた言葉がありますが、この考え方は他のトピックでも活かしていけるものだと思っています。例えば、ライフネット生命が取り組んでいる「がんアライ部」などもそうですよね。あるいは、「レインボーフラッグ」も一つの発明品だと思うのですが、それを付け、掲げることは、LGBTQという枠を越えて、他のカテゴリーやコミュニティにおいても訴えかける力があると思います。その一方で、日本のLGBTQでは、これまで障がい者運動や女性運動で培われてきたノウハウが、まだまだあまり活かされていないように感じています。そういう意味では、星さんがやっている、それぞれのコミュニティや団体を横につなげることはすごく大事だと思っています。
星:「LGBT」という言葉も、発明ですよね。
松中:本当に嫌なんですけど、日本のカルチャーって、例えば、未婚の母をシングルマザーと言い換えて、言葉をやわらかく曖昧にすることで、その取り組みがなんとなく進んでいくというのがありますよね。とはいえ、これからは、JobRainbowやD&I AWARDがもっともっと大きくなって、そしていつか、星さんが世の中を牛耳っていくという……。
星:将来、もし大きくなれたなら、寄付などで、もっともっと恩返しができたらと思っています。がんばります。
構成:山縣真矢
取材日:2021年9月30日(木)
場所:プライドハウス東京レガシー